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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)120号 判決 1978年6月21日

原告

梅屋貿易株式会社

右訴訟代理人弁理士

河野昭

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

高木久男

外一名

主文

特許庁が昭和五二年四月二二日同庁昭和五〇年審判第七八四八号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立<省略>

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年九月一四日、別紙第一のとおり「SAIMIN」のローマ字を横書きしてなる商標につき、第三二類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品(他の類に属するものを除く。)」を指定商品として商標登録出願をしたところ、昭和五〇年六月五日拒絶査定を受けたので、同年九月二日審判を請求し、特許庁同年審判第七八四八号事件として審理されたが、昭和五二年四月二二日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年五月二六日原告に送達された。

二  審決理由の要点

本願商標の構成及び指定商品は前項のとおりである。

登録第九二二〇七九号商標(昭和四四年一月三一日出願、昭和四六年八月一六日登録。以下「引用商標」という。)は、「さいめん」の平仮名文字を左書きしてなり(別紙第二参照)、第三二類「うどんめん、そうめん、そばめん及び中華そばめん」を指定商品とする。

構成上、本願商標が「サイミン」、引用商標が「サイメン」と称呼されることは明らかであるが、両者は、「サ」、「イ」、「ン」の三音を共通にし、異なる第三音の「ミ」と「メ」も、五十音の同一行に属する音であるうえ、それぞれの母音も相似ている。したがつて、両商標をそれぞれ一連に称呼するときは、語感、語調が近似し、相紛れるおそれがある。

そうすると、両商標は、称呼において類似する商標であり、しかも、本願商標の指定商品中には引用商標の指定商品も含まれているから、本願商標には、商標法第四条第一項第一一号に該当し、登録を受けることができない。

三  審決の取消事由

引用商標の構成及び指定商品が審決認定のとおりであることは争わない。しかし、審決は、次の点において違法であるから、取消されるべきである。

1  原告は、昭和五三年二月一日被告に提出した「指定商品一部放棄書」をもつて、本願商標の指定商品中「熱湯を加え、または加熱することにより、短時間に調理された状態になるようにした食品のもと」及び「加工穀物」について商標登録出願の一部放棄をした。そして、引用商標の指定商品である「うどんめん、そうめん、そばめん及び中華そばめん」は「加工穀物」に属するから、右一部放棄によつて、本願商標の指定商品中には引用商標の指定商品及びその類似商品は包含されなくなつた。

したがつて、本願商標を商標法第四条第一項一一号に該当するとした審決の判断は誤りである。<中略>

第三  被告の答弁

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  同三の取消事由は争う。

1  原告主張の1について

原告主張の指定商品一部放棄書が被告に提出されたこと及び「うどんめん、そうめん、そばめん及び中華そばめん」が「加工穀物」に属することは認める。

しかし、商標登録出願の放棄は、事件が審査、審判または再審に係属している場合に限つてすることができるものであるところ、原告のした右一部放棄は、この要件を満たしていないから不適法であり、被告は、昭和五三年三月一八日付で、原告の指定商品一部放棄書について不受理処分にした。<以下、事実略>

理由

一請求原因事実中、本願商標について、その構成、指定商品及び出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯並びに審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二そこで、まず、原告主張の取消事由1について判断する。

本件商標登録出願について、昭和五三年二月一日原告主張の内容による指定商品一部放棄書が被告に提出されたことは、被告の認めるところである。

ところで、商標登録出願は、政令で定める商品の区分内において商品を指定して商標ごとにしなければならない(商標法第六条第一項)が、その指定商品が二つ以上ある場合において、出願人が一部の指定商品についてのみ商標登録出願により生じた権利を放棄することは、商標登録出願の一部放棄として自由になしうるものと解される(登録後についての商標法第六九条第一項参照)。そして、登録出願の放棄時期について明文の規定は存しないが、商標登録出願により生じた権利は、商標権の設定の登録があつてその目的を達成するものである以上、設定の登録があるまではいつでも出願の全部または一部を放棄することができるものと解するのが相当である。

被告は、登録出願の放棄は、事件が審査、審判または再審に係属している場合に限る旨主張するが、そのように解すべき法律上の根拠はない。なるほど、商標法第六八条の二には、商標登録出願に関する手続をした者は、事件が審査、審判または再審に係属している場合に限り、その補正をすることができると規定されているが、これは書類の補正に関する一般的規定であり、出願の放棄に関する規定ではなく、また、後述のとおり、放棄は、補正とは性質を異にする事項であり、一方的意思表示により有効にしうるものであるから、右法条の関するところではなく、事件が特許庁に係属している限り、出願の放棄をすることができると解するのが相当であるところ、ここに特許庁に係属中とは、審決に対する取消訴訟が裁判所に係属していて審決が未確定の状態にある場合は、当該審判事件は裁判所に移審しているわけでもないので、この場合をも含むことはいうまでもないから、本件においては、被告の主張は当をえないものである。

また、<証拠>によれば、被告は、原告の指定商品一部放棄書について、それが結審後の補正であることを理由にこれを不受理処分にしていることが認められるが、商標登録出願の放棄は、出願人の一方的な意思表示であつて、それが相手方たる被告に到達すればその効力が生ずるものである(民法第九七条第一項参照。但し、商標法施行規則第六条、特許法施行規則第一条により、その意思表示は書面でしなければならない。)から、被告の不受理処分は、右指定商品一部放棄書提出の効力に何らの消長を及ぼすものではない。なお、登録出願の放棄は、商標登録出願により生じた権利を将来に向つて放棄する行為であるから、その権利がそのまま存続することを前提とする補正とは性質に異にする。しかも、指定商品が二以上ある商標登録出願について、一部の商品について出願の放棄があつたときは、当該商標の指定商品が放棄した分を除いてその残部のものになることは自明であつて、その間に疑義を残す余地はないのであるから、商標法施行規則第六条、特許法施行規則第三〇条による商標登録出願の分割の場合とは異なり、一部放棄に際して、願書に記載された指定商品について放棄した分を削除する補正のごときは、本来必要としないものと解すべきである。

以上のとおりであつて、他に、原告の指定商品一部放棄書の効力を否定すべき事由はない以上、これによつて、本件商標登録出願の一部が適法に放棄されたものということができる。したがつて、右一部放棄により、本願商標の指定商品については、その中から放棄に係る「熱湯を加え、または加熱することにより、短時間に調整された状態になるようにした食品のもと」及び「加工穀物」が削除されるに至つているものである。

他に、引用商標の指定商品がいずれも「加工穀物」に属することは、当事者間に争いがなく、被告は、本願商標の残存する指定商品と引用商標の指定商品との類似については何ら主張立証していないから、結局、両商標の指定商品間における同一または類似の関係は解消されたものといわねばならない。

したがつて、引用商標との対比において、本願商標を商標法第四条第一項第一一号に該当するとした審決の判断は、その余の取消事由について判断するまでもなく誤りであり、審決は、違法として取消を免れない。<以下、省略>

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

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